大判例

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岡山地方裁判所 昭和60年(ソ)3号 決定

抗告人

難波敏雄

右代理人弁護士

西田秀史

西田三千代

宇佐美英司

相手方

森春子

主文

原決定を取り消す。

別紙担保目録記載の担保はこれを取り消す。

抗告費用は相手方の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状記載のとおりである。

二当裁判所の判断

本件記録及び岡山簡易裁判所昭和五〇年(ト)第二二号不動産仮処分事件記録によると、以下の事実を認めることができる。

1  抗告人は、昭和五〇年七月二三日相手方を債務者として岡山簡易裁判所に対し、別紙物件目録記載(一)の土地(以下「本件土地」という。)の所有権を被保全権利として、「本件土地のうち別紙図面(一)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(イ)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地に対する相手方の占有を解いて岡山地方裁判所執行官にその保管を命ずる。相手方は右土地内における建築工事を中止し、続行してはならない。執行官は右命令の趣旨を公示するため適当な方法をとることができる。」との仮処分(以下「本件仮処分」という。)を申請し、同日、同裁判所は、右申請を相当と認め、抗告人に三〇万円の保証を立てさせることを命じた。抗告人は別紙担保目録記載の担保(以下「本件担保」という。)を供託したので、同裁判所は、同月二四日右申請のとおりの決定をし、同日、岡山地方裁判所執行官は、右決定を執行した。

2  同年八月一三日相手方は、岡山簡易裁判所に対し、右決定に対する異議を申し立てるとともに、執行停止を申請したが、同月一四日同裁判所は、右執行停止の申請を却下した(なお、右異議申立事件については、いまだに判決がされていない。)。

3  同年九月二九日抗告人は、相手方が右仮処分決定に違反して建築工事を続行しているとして、同裁判所に対し、「抗告人は本件土地のうち別紙図面(一)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(イ)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地上に建築中の工作物につき、(ロ)及び(ニ)の各点上の鉄骨柱並びに(ロ)(ハ)線上及び(ハ)(ニ)線上に設置されたコンクリート基礎土台を除き、残余の工作物を相手方の費用をもつて第三者をして除去することができる。」との工作物除却命令を申請し、同年一〇月七日同裁判所は、「抗告人の申立てにより執行官は、相手方の費用をもつて、第三者をして、本件土地のうち、別紙図面(一)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(イ)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地上に建築中の工作物につき、(ロ)及び(ニ)の各点上の鉄骨柱並びに(ロ)(ハ)線上及び(ハ)(ニ)線上に設置されたコンクリート基礎土台を除き、残余の工作物を除去することができる。」旨の決定をした。

4  昭和五一年七月二二日相手方は、同裁判所に対し、右工作物除却命令の執行停止を申請し、同月二四日同裁判所は、右申請を理由があると認め、相手方に五〇万円の保証を立てさせて、「右工作物除却命令に基づく執行を、前記異議申立事件の判決があるまで停止する。」旨の決定をした。

5  同年一〇月四日抗告人は、同裁判所に対し、相手方ほか二名を被告として、本件土地のうち別紙図面(二)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(イ)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地の所有権確認と、別紙物件目録記載(二)の建物(以下「本件建物」という。)のうち本件土地上に存する部分の収去及び本件土地の明渡しを求める本案訴訟を提起した。その後、右訴えは岡山地方裁判所に移送され(同庁昭和五一年(ワ)第五六五号)、同裁判所は、昭和五五年六月三〇日抗告人(原告)全部勝訴の判決を言い渡したが、相手方(被告)らの控訴に基づき、広島高等裁判所岡山支部は、昭和五九年一二月四日「原判決を次のとおり変更する。抗告人(被控訴人)と相手方(控訴人)らとの間において、別紙図面(二)記載の(イ)(ロ)(チ)(ト)(ホ)(ヘ)(イ)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地が抗告人(被控訴人)の所有する本件土地に属することを確認する。抗告人(被控訴人)の相手方(控訴人)らに対するその余の請求は、いずれもこれを棄却する。」旨の判決を言い渡し、同判決は確定した。

以上の事実から、本件担保の事由が止んだといえるかどうかについて判断するに、本件仮処分決定にいう別紙図面(一)の(ニ)(ハ)の各点を結ぶ直線は、森俊郎所有の旧土蔵の西側壁面の延長線上にあり、本案判決にいう別紙図面(二)の(ト)(チ)の各点を結ぶ直線と一致すると認められるから、抗告人は、本案訴訟において、右仮処分により保全された別紙図面(一)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(イ)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地の所有権のうち、同図面(一)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(チ)(ト)(イ)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地の所有権を有することを確認する旨の確定判決を受けたものである。

なお、同図面(一)の(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(ホ)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地については、未だに所有権確認の訴えが起こされていないが、抗告人は、前記本案訴訟において、右範囲内の土地については相手方との間で所有権の争いがないものとしてこれを除外して訴えを提起したものと認められるから、前記確定判決は、所有権確認の請求に関する限り、抗告人の全部勝訴の判決と同様のものと見られるものである。もつとも、抗告人は、右本案訴訟において、前記建物収去、土地明渡しの請求については請求を棄却されている。しかしながら、前記3の経過からも明らかなように、本件建物は、本件仮処分に違反して建築工事を続行したうえ完成されたものであつて、前記建物収去、土地明渡しの請求が棄却されたのは、本件建物のうち本件土地の上に存する部分が僅かなものである反面、その部分の撤去には多額の費用と多くの人手を要し、抗告人が右部分の土地の利用を必要とする事情も認められないから、抗告人が右部分の撤去、その敷地部分の明渡しを求めることは、権利の濫用に当たるという理由に基づくものである。そうすると、仮処分事件における保証は、違法な仮処分によつて債務者の被る損害を担保するためのものであるから、本件において、抗告人が建物収去、土地明渡しの請求を棄却されて一部敗訴したとはいえ、これによつて、相手方に本件仮処分を受けたことによる損害が発生するものとは認められず、他にこの損害の発生を窺わすような特段の事情も見当たらない。

以上のことからすると、本件においては、本案判決の確定によつて、既に本件担保の事由が止んだものと認めるのが相当である。

そうすると、本件抗告には理由があり、抗告人の本件申立てを却下した原決定は不当であるので、これを取り消し、民訴法一一五条一項により本件担保を取り消すこととし、抗告費用の負担につき同法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官白石嘉孝 裁判官安藤宗之 裁判官朝山芳史)

物件目録〈省略〉

担保目録〈省略〉

抗告状の趣旨及び理由

第一、原決定の表示

本件保証取消の申立を却下する。

第二、即時抗告の趣旨

一、原決定を取消す。

二、岡山簡易裁判所昭和五〇年(ト)第二二号不動産仮処分事件について、申立人が保証として岡山地方法務局に供託した現金三〇万円(供託番号昭和五〇年度金第一〇三五号)につき、申立人が本案裁判で全部勝訴し右判決は確定したことにより担保の事由が止んだので、右担保は取消す。

との決定を求める。

第三、即時抗告の理由

一、本件は「担保の事由が止んだ」事由の一つである「本案訴訟の全部勝訴」に該当する。趣旨は抗告人が昭和六〇年四月一六日付で提出した上申書第一項に記載したとおりである。

全部勝訴の本案訴訟の請求の範囲は、仮処分決定時の被保全権利及び当事者双方の権利状況によつて決定されるべきである。

仮処分裁判所に命ぜられた立保証によつて担保されるべき仮処分債務者の損害は、当該仮処分決定を無視した違法行為によつて現出された権利までは含まれない。

右の結論は当然であつて、本件申請を却下した原裁判所の判断は違法行為を裁判所が保護する結果となり自己否定に他ならない。

二、本件仮処分は建築工事禁止の仮処分で、被保全権利は土地の所有権である。本来であれば右仮処分に対応する本案裁判は土地所有権の確認と、当該土地上の建築工事禁止の不作為を求めることとなる。

確定した本案判決である広島高等裁判所岡山支部の二審判決では、被保全権利である土地所有権の確認は勝訴しているので、仮処分決定時に予測された建築工事禁止の訴も当然容認されるところである。

しかるに、相手方は右仮処分決定に違反して建築工事を続行し完成してしまつた。

これに対し、前記二審判決は、建築工事禁止の不作為に替えて請求した建物の一部収去土地明渡については、収去すべき建物部分が極僅少であるのに比して相手方の損害が甚大であるとの理由で権利濫用によりこれを棄却した。

三、請求が棄却となつた建物部分は、本件仮処分に違反した建築であること、請求棄却理由が権利濫用であること、本体の被保全権利である土地所有権確認について勝訴していること、建物収去は棄却になつたとしても、建物の存在は占有権限を有しない土地の不法占拠であるわけで少なくとも損害賠償の対象となることを勘案すると、抗告人から相手方に対して損害賠償の請求をすることはあつても、相手方によつて違法に無視された本件仮処分の立保証によつて担保される相手方の損害の発生などあり得ない。

原決定は速やかに取消されるべきである。

別紙図面(一)

別紙図面(二)〈省略〉

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